086【仁遠からんや、我仁を欲すれば、すなわち仁至る】 (じん とおからんや、われ じんをほっすれば、すなわち じん いたる)

優しさや思いやりは、遠い理想じゃない。心がけ次第で、すぐそこにある。

こんにちは!今回ご紹介するのは、孔子が説いた“仁(じん)”に関する、前向きで力強い言葉です。

「仁遠からんや、我仁を欲すれば、すなわち仁至る」
(じん とおからんや、われ じんをほっすれば、すなわち じん いたる)


どんな意味?

やさしく言いかえると、こんな意味になります。

「“仁”はそんなに遠いものじゃない。自分が“仁を求めよう”と願えば、その時点でそこにたどり着ける」

つまり、**思いやりや優しさ、誠実さは“才能”ではなく“姿勢”**だということ。

「自分にはまだ早い」「できる人にしかできない」と思ってしまいがちな“仁”という徳ですが、孔子は「いや、そんなことないよ」と背中を押してくれています。


たとえ話でイメージしてみよう

ある日、クラスでいじめられている子がいました。
気づいているけど、「自分が何か言ってもどうにもならない」と思い、見て見ぬふりをしてしまうBさん。

でも、ある日その子が一人で泣いているのを見て、Bさんは声をかけました。

「大丈夫? 一緒に帰ろうか」

その一言だけで、相手は救われるかもしれません。
この時点で、Bさんの中に“仁”が生まれていたのです。

「できるかな」ではなく、「やろう」と思った瞬間、もうそれは“仁”への第一歩。

孔子が言いたかったのは、まさにこういうことです。


背景と孔子の考え方

孔子が生きた時代、人々は「仁は高い理想」「聖人にしか持てないもの」と考えていました。
でも孔子は、「誰でも目指せるし、日々の行いの中にある」と考えました。

  • 朝、誰かに挨拶する

  • 困っている人に気づいて声をかける

  • 自分の失敗を素直に認める

これらも全部、“仁”の現れ。
高尚なことをしなくても、日々の中に“仁”はあるんだよという温かいメッセージなのです。


現代で「仁」を目指すには?

現代はスピードや効率が重視されがちで、「徳」や「思いやり」は置いていかれそうになりますよね。

でも、

  • SNSで誰かを非難する前に、一呼吸おいて考える

  • 忙しくても、ありがとうを忘れない

  • 自分のためだけでなく、周りもよくなる選択をする

そんな小さな行動にも、ちゃんと“仁”は宿ります。

そして大事なのは、「自分も“仁”を持ちたい」と思うこと。

孔子は「願えば届く」と言っているのです。


おわりに

「仁遠からんや、我仁を欲すれば、すなわち仁至る」

思いやりや誠実さは、特別な誰かのものではない。
あなたが「そうありたい」と願えば、もうその道に立っているのです。

大事なのは、理想の高さよりも、今日の一歩。

ぜひこの言葉を胸に、日々の中で“仁”を感じてみてくださいね。