
優しさや思いやりは、遠い理想じゃない。心がけ次第で、すぐそこにある。
こんにちは!
今回ご紹介するのは、孔子が説いた“仁”に関する、前向きで力強い言葉です。
「仁遠からんや、我仁を欲すれば、すなわち仁至る」
どんな意味?
やさしく言いかえると、こんな意味になります。
「“仁”はそんなに遠いものじゃない。自分が“仁を求めよう”と願えば、その時点でそこにたどり着ける」
つまり、思いやりや優しさ、誠実さは“才能”ではなく“姿勢”だということ。
「自分にはまだ早い」
「できる人にしかできない」
と思ってしまいがちな“仁”という徳ですが、孔子は「いや、そんなことないよ」と背中を押してくれています。
たとえ話
ある日、クラスでいじめられている子がいました。
気づいているけど、「自分が何か言ってもどうにもならない」と思い、見て見ぬふりをしてしまうBさん。
でも、ある日その子が一人で泣いているのを見て、Bさんは声をかけました。
「大丈夫? 一緒に帰ろうか」
その一言だけで、相手は救われるかもしれません。
この時点で、Bさんの中に“仁”が生まれていたのです。
「できるかな」ではなく、「やろう」と思った瞬間、もうそれは“仁”への第一歩。
孔子が言いたかったのは、まさにこういうことです。
背景と孔子の考え方
孔子が生きた時代、人々は「仁は高い理想」「聖人にしか持てないもの」と考えていました。
でも孔子は、「誰でも目指せるし、日々の行いの中にある」と考えました。
朝、誰かに挨拶する
困っている人に気づいて声をかける
自分の失敗を素直に認める
これらも全部、“仁”の現れ。
高尚なことをしなくても、日々の中に“仁”はあるんだよという温かいメッセージなのです。
現代で「仁」を目指すには?
現代はスピードや効率が重視されがちで、「徳」や「思いやり」は置いていかれそうになりますよね。
でも、
SNSで誰かを非難する前に、一呼吸おいて考える
忙しくても、ありがとうを忘れない
自分のためだけでなく、周りもよくなる選択をする
そんな小さな行動にも、ちゃんと“仁”は宿ります。
そして大事なのは、「自分も“仁”を持ちたい」と思うこと。
孔子は「願えば届く」と言っているのです。
おわりに
「仁遠からんや、我仁を欲すれば、すなわち仁至る」
思いやりや誠実さは、特別な誰かのものではない。
あなたが「そうありたい」と願えば、もうその道に立っているのです。
大事なのは、理想の高さよりも、今日の一歩。
ぜひこの言葉を胸に、日々の中で“仁”を感じてみてくださいね。