082【君子は其の言に恥ずること無きを欲す】 (くんしはそのげんにはずることなきをほっす)

「その一言、未来の自分が聞いても恥ずかしくない?」

日々の会話やSNS、メールやチャット――

私たちは無意識のうちに、たくさんの言葉を発しています。

その中には、あとで「言わなきゃよかった…」と後悔したものもあれば、

時間が経っても「言ってよかった」と思える言葉もあるでしょう。

では、自分の“言葉”に責任を持つとはどういうことなのか?

その答えを、孔子はこんなふうに語っています。

論語の一節

子曰、君子欲訥於言而敏於行。
そして、関連の形でこうも言っています:
君子は其の言に恥ずること無きを欲す。

現代語訳すれば、

「君子(人格者)は、自分の言葉を後で恥じるようなことがないようにしたいと願う」

という意味になります。

これは、

「口先だけの人間にはなるな」

「言葉と行動にズレがあるのはかっこ悪い」

という、シンプルで深い教えです。

たとえ話

ある日、Aさんは親友のBさんから「転職しようと思ってるんだけど…」と相談を受けました。

Aさんは深く考えず、「やめちゃえば?どうせ今の会社ブラックっぽいし」と軽く返答。

数ヶ月後、Bさんは実際に退職。

だけど転職活動が難航し、生活も精神的にも苦しい日々に。

ある日Bさんはポツリとつぶやきました。

「あの時、もう少しちゃんと考えてくれてたら…違う道を選べてたかも」

Aさんは後悔しました。

「自分の言葉が、相手の人生にどんな影響を与えるか」

なんて、あのとき想像すらしていなかったのです。

背景と教訓

孔子の時代でも、政治や教育の場で「口先だけの者」が批判の的でした。

だからこそ、孔子は「言葉は慎重に」「実行が伴うことが大切」と強く説いたのです。

今の時代、SNSの一言も、LINEの返信も、ブログの記事も――

すべてが「自分の言葉」として残っていきます。

“未来の自分が読み返しても、恥ずかしくないか?”

それを基準にすれば、もっと丁寧で、誠実なコミュニケーションが生まれるはずです。

まとめ

  • 言葉には責任がある
  • 時に行動以上に人を動かす力を持つ
  • だからこそ、君子は“恥ずかしくない言葉”を選ぶ

「その言葉、自分が言われたらどう思う?」

「明日もそれを堂々と語れる?」

そんなふうに、一瞬でも立ち止まって考える習慣が、あなたの信頼を静かに育てていくでしょう。