
「思いやり」はすべての道の“出発点”
人と関わる中で、何が正しいか悩むことってありませんか?
「これは言うべき?黙るべき?」
「自分は気にならないけど、相手はどう感じるだろう?」
そんなとき、孔子のこの言葉は、とてもシンプルで強い指針を与えてくれます。
それが、
「己の欲せざる所、人に施すことなかれ」
という教えです。
たとえ話
ある日、満員電車の中で、高校生が音楽を大音量で聴いていました。
イヤホンなのに、音がシャカシャカ漏れていて、まわりの乗客はしかめっ面。
でも、その高校生はまったく気づいていない様子。
そんな中、ひとりの乗客がそっと声をかけました。
「もし自分が隣にいたら、気になると思わない?」
高校生はハッとして、「すみません」と音量を下げました。
――これがまさに「己の欲せざる所、人に施すことなかれ」。
「自分がされたくないことは、他人にもしない」
という、誰にでもわかる思いやりのルールです。
言葉の意味と背景
この言葉は、『論語』の「衛霊公」という篇に登場します。
子貢問うて曰く、一言にして以て終身これを行うべき者ありや。子曰く、其れ恕か。己の欲せざる所、人に施すことなかれ
意味は、
「一生守るべきたった一つの教えがあるとすれば、それは“恕(じょ)=思いやり”だ。自分がされて嫌なことは、人にしてはいけない」
ということ。
まとめ
何かに迷ったとき、
「それを自分がされたらどう思うか?」
と一度立ち止まって考える。
それだけで、人間関係はぐっとやさしく、あたたかいものになります。
思いやりは結果ではなく、出発点。
知識や経験を積むほど、人は複雑に考えたくなるけれど、最後に戻るのはこの一行。
「己の欲せざる所、人に施すことなかれ。」
難しい時代ほど、こんなシンプルな原点が強い力を持ちます。