
お城と聞くと、高い山の上に建つ「山城」や、大きなお堀に囲まれた「平城」を思い浮かべる人が多いかもしれません。
では、海そのものを味方につけたお城があることをご存じでしょうか?
敵が攻めにくいように、海や川を利用して守りを固めたお城があります。
その代表が、一般的に「日本三大水城」と呼ばれる名城です。
海をお堀のように使い、戦国時代から江戸時代にかけて重要な役割を果たしました。
今回は、海と城が一体になった日本の珍しい名城「三大水城」を紹介します。
歴史上の城主や、なぜ水城として活躍したのかも紹介します。
知れば知るほど面白い、お城の秘密を見ていきます。
瀬戸内海を守った「高松城たかまつじょう」|海を利用した最強の防御力
香川県にある高松城は、「玉藻城」とも呼ばれる三大水城のひとつです。
最大の特徴は、海水を引き込んだお堀です。
普通のお城のお堀は雨水や川の水を利用します。
しかし高松城では、海と直接つながる仕組みを作りました。
そのため、お堀には魚が泳ぐほど豊かな環境が広がりました。
築城したのは、戦国武将の生き残りとして知られる生駒親正です。
その後、江戸時代には松平頼重が城主となりました。
松平家は高松城を整備し、立派な城下町を作ります。
高松城がすごいところは、敵の侵入を防ぐだけではなく、物流にも利用した点です。
船を城内まで入れることができ、海運の拠点としても活躍しました。
まさに「海を味方につけたお城」と言えます。
村上海賊と関わりが深い「今治城いまばりじょう」|海の戦いに強い巨大な城
愛媛県にある今治城も、三大水城として有名なお城です。
築いた人物は、豊臣秀吉の家臣として活躍した藤堂高虎です。
藤堂高虎は、お城作りの名人として知られています。
今治城の特徴は、とても広い水堀です。
海水を引き込んだ堀には、船が出入りできる場所もありました。
当時は海上交通がとても重要だったため、大きな強みになりました。
また、瀬戸内海では村上海賊が大きな力を持っていました。
村上海賊は、単なる海賊ではありません。
海の交通を守る役割も持った存在でした。
今治城は、そんな海の時代に合わせて作られたお城です。
敵から守るだけではなく、海を支配するための拠点として重要な役割を果たしました。
「海の城」と呼ばれる理由が、ここにあります。
九州の玄関口を守った「中津城なかつじょう」|黒田官兵衛が築いた水の城
大分県にある中津城は、三大水城のひとつとして知られています。
築城したのは、知略に優れた武将として有名な黒田官兵衛(黒田孝高)です。
黒田官兵衛は、豊臣秀吉からも高く評価された人物です。
中津城は、海に近い場所に建てられました。
そして、お堀には海水を取り入れる仕組みが作られました。
この工夫によって、敵は簡単に城へ近づくことができませんでした。
さらに中津城は、九州北部を守る重要な場所でもありました。
豊後国と豊前国の境に近く、交通の要所だったからです。
その後、江戸時代には奥平昌成が城主となり、城下町も発展しました。
さらに、その後も何度か城主が変わりながら、お城は大切に受け継がれました。
中津城は、戦いのためだけではなく、人や物が集まる町の中心として成長したお城です。
まとめ|三大水城は「海を味方にした知恵の城」
三大水城は、ただ海の近くに建てられたお城ではありません。
海をお堀として利用し、敵から城を守る工夫がありました。
さらに、船を使った移動や物流にも役立ちました。
高松城、今治城、中津城。
この3つのお城には、それぞれ違った歴史と魅力があります。
昔の人は、自然を敵にするのではなく、味方につける知恵を持っていました。
お城を見るときは、建物だけではなく「なぜそこに建てられたのか」を考えると、さらに楽しめます。
海と共に歩んできた三大水城。
お城を訪れる機会があれば、海を利用した工夫にもぜひ注目してみてください。
海と共に築かれた先人たちの知恵を知ると、お城巡りがもっと楽しくなります。
おすすめ書籍
『日本人なら絶対行きたい日本の名城200』(著:YUKIMURA)
山城や平城だけでなく、「水城・海城」の章があり、高松城・今治城・中津城の三大水城も紹介されています。
写真や地図を交えながら、それぞれの城の特徴や守りの仕組みをわかりやすく解説しているため、「なぜ海を利用して築かれたのか」が自然と理解できます。
読みやすい文章なので、お城にあまり詳しくない方でも楽しめます。
今回の記事を読んで三大水城に興味を持った方が、次の一冊として手に取りやすいおすすめの書籍です。