036【志あれば山をも移す】「本気の想い」は不可能を可能にする

こんにちは。

何かを始めようとしたとき、「無理かも…」「自分にはできない」と心がブレーキをかけてしまうこと、ありませんか?

そんな時に、背中をグッと押してくれる言葉があります。

それが今回紹介することわざ──

こころざしあれば山をも移す」

この言葉は、「強い意志があれば、どんなに困難なことでも実現できる」という意味を持ちます。

夢や目標がどんなに大きくても、本気で願い、努力を続ければやがて道は開ける

──そんな力強いメッセージが込められています。

たとえ話

昔々、ある小さな村に、一人の農夫がいました。

彼の家の前には、大きな山がそびえ立っていて、毎日畑に行くにはその山をぐるりと回らなければなりません。

往復で半日かかります。

「この山さえなければ、もっと早く畑に行けるのに……」

そう思っていた農夫は、ある日、スコップを手に山の土を少しずつ運び始めました。

村人たちは笑いました。

「そんなことで山がなくなるわけがない」と。

しかし、農夫は毎日欠かさず土を運び続けます。

雨の日も、風の日も。

数年経つと、彼の努力を見た人々が少しずつ手伝い始めました。

やがてその輪は村中に広がり、何十年後、ついにその山は切り開かれ、まっすぐな道ができたのです。

誰もが無理だと思っていたこと。

でも、「やる」と決めた一人の想いが、人を動かし、山すら変えてしまったのです。

起源について

「志あれば山をも移す」は、日本のことわざとして定着していますが、そのルーツは中国にあります。

この言葉は、中国の古典『列子れっし』に収められている「愚公移山ぐこういざん」という話が元になっています。

あらすじ

中国の古代、九十歳の男「愚公ぐこう」の家の前には二つの大きな山があり、村への行き来にとても不便でした。

愚公は決心します。「この山を削って、道を作ろう」と。

家族に反対されても、「自分が死んでも、子や孫が続けてくれれば、いつか山はなくなる」と言い、土を掘り続けます。

それを見ていた天の神様が感動し、神の力で山を動かしてしまった──というお話です。

このエピソードから、「強い意志は天をも動かす」という思想が生まれ、それが「志あれば山をも移す」という形で日本でも使われるようになりました。

おわりに

「志あれば山をも移す」は、ただの気合い論ではありません。

本気の想いが人を動かし、環境を変え、現実を変えていく。

その力があるということを、古人たちは教えてくれています。

もし、あなたが「無理かも」と感じていることがあれば、思い出してみてください。

まずは小さな一歩から。

山は、動かせるのです。