056【織田信忠】父の夢を背負った若き跡取り

はじめに

天下統一を目指した戦国のカリスマ、織田信長。

その後継者として期待されていたのが、長男の織田信忠です。

若くして大役を担い、運命に翻弄された彼の生涯を、ドラマチックに追いかけてみましょう!

エリート街道まっしぐら

1557年、織田信長の嫡男として誕生した信忠。

その時点で「将来、天下を背負う男」として大きな期待がかかっていました。

幼いころから武芸や学問をたたき込まれ、まさに”完璧な跡取り”として育てられます。

家中からも「さすが信長の息子!」と認められる器量を見せていました。

若き総大将としての活躍

信忠が注目を集めたのは、戦場での活躍。

有名な武田氏討伐では、総大将として出陣し、あの名門・武田家を滅ぼす大功を立てたのです。

初陣でこの大仕事を成し遂げるなんて、ただ者じゃありません!

信長も、「こいつなら安心して跡を任せられる」と太鼓判を押したほど。

これから本格的に、信長の天下統一の夢を引き継いでいく――

そんな未来が、確かに見えていました。

本能寺の変、そして運命の最期

しかし、運命は残酷でした。

1582年、あの本能寺の変が勃発します。

父・信長が明智光秀の謀反に遭った知らせを受けた信忠は、ただちに救援に向かおうと動きます。

しかし、すでに光秀軍の包囲網は狭まっており、やがて信忠自身も二条新御所に追い詰められてしまいました。

最後の最後まで抵抗し続けた信忠でしたが、力及ばず、20代半ばという若さで討死を遂げます。

若き才能を惜しむ声

もし信忠が生き延びていたら――

織田家はもっと違った未来を歩んでいたかもしれない。

そんな声が今も語り継がれるほど、信忠は若くして完成された将だったといわれています。

彼の死によって、織田家の天下統一の道は一気に混迷を深めていったのです。

おわりに:夢半ばで散った若き跡取り

織田信忠は、父・信長に勝るとも劣らない才能を持ちながら、わずか数年の活躍でその生涯を終えました。

無念だったに違いありませんが、最後まで「織田家の嫡男」として堂々たる最期を遂げたその姿は、今も私たちの胸に深く刻まれています。